「目」 「うわっ!」  唐突に、あまりに至近距離から声を掛けられ、飛び上がった。一歩間違えれば頭突きをしてしまったかもしれない距離で覗き込まれていた。無論、俺がそんなドジを踏んだとしても、彼――天蓬元帥は、難なく避けるだろうけれど。 「目、どうしたんですか?」 「は」  まだ激しく脈打つ心臓を宥めつつ、敬礼することも忘れて、俺が座っている為に少し高い位置にある顔を見る。綺麗な顔というのは、近くで見ると迫力だ。それにしても、此処まで近付かれても声を掛けられるまで気付かなかった俺が軍人として残念なのか。彼が軍人として優秀過ぎるのか。……両方か。 「眼鏡をしているから」  そう言って、元帥は自分の眼鏡を中指で押し上げた。 「……ああ」  漸く、何を訊かれているのかがわかった。普段、元帥はご自分の執務室で仕事をするし、俺は俺で、まさか元帥の部屋で仕事をする訳がないから(大将に駆り出される大掃除は別にして)、俺が眼鏡をしている処を見たことがなかったのだ。  ……なら何故、今、元帥は此処にいるのだろう。  いや、何も聞くまい。世の中には知らなくていいことだって沢山ある。特に、第一小隊幹部二名の周辺には。 「視力が良いので、近くのものは見え難いんですよ。だから、書類処理をする時だけは眼鏡を」 「ああ、成程。僕が近くのものしか見えないように、遠目は近くが見えない。見え過ぎて見え辛いなんて、不思議なものですね」  へえ、とか言いながら、もう俺には興味を失ったように元帥は背を向けた。本当に、何をしに来たのだろう。  眼鏡を外して書類の脇に置き、遠ざかっていく姿勢の悪い背中を見つめる。風が白衣の裾を翻す。午後の柔らかい日差しの中、からんころんと下駄の音だけが残された。  近くも、遠くも。  どちらも見える目を持つことが不可能ならば、近くが見える方がいいのではないだろうか。自分の周囲さえ見えないのに、遠くを見渡せたからといって、それが何だというのだろう。  そう言ったら、一笑に付された。 「皆が僕みたいに近眼だったら、どうするんです。 「幾ら遠くまで見えたって、足元が見えていなければ、石に躓いて転んでしまいます」 「足元の小石くらい、僕が教えてあげますよ。だから、僕には見えない道を、貴方が指し示してくれればいい。そうは思いませんか」  思えません。  そんな風に答えられる筈などなくて、俯いた。元帥が笑う優しい気配がする。  視力が良過ぎて、見たくないものまで見えることだってある。目を逸らすこともある。  よく見えるからこそ、自分に見えない物のあまりの多さを知ってしまう。  見える程に、見ないもの見えないものが増えていく。  俺にもっと近くのものが見えていたら、元帥が負傷することも、きっとなかったのに。  自分の軍服を脱ぎ、埃を払う。それを、簡単に止血しただけの傷口に手を添えている元帥の肩に、そっと掛けた。  ホルスターから銃を抜き、辺りを警戒しながら、小さな洞窟のようになっている岩場の入り口に立つ。分断されてから、かなりの時間が経過している。普通に喋ってはいるが、元帥の顔色は真っ白だ。限界の筈。  悩んでみた処で、元帥の視力がよくなる訳がないように、俺の目が今すぐ近くを見られるようになる訳じゃない。精々、互いに眼鏡で矯正する程度。  だから、今の俺に出来ることは。  無駄に視力のいいこの両目で、一刻も早く、捲簾大将を探すことだ。 ----------------------------------------------------------------- 遠目くんへの愛が高じて、思わず・・・! 遠目くんのイメージを壊してしまってすみません; by玲蘭

―――Fin― 玲蘭さんがまさかの素敵なものをくれました。 本当に有り難うございます。嬉しい、でもまず吃驚した。 遠目‥!うちの遠目‥?ほんとに彼でファイナルアンサー? うちのMr.無個性が玲蘭さんの寵愛を受けるみらくる。 玲蘭さんがうちに文章くれるなんて、とんでもない快挙!よくやったよ遠目、褒めてつかわす! 玲蘭さん、有り難うございました!