我輩は鴉である。 名前はまだ無い。 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。 (雑把なことを言えば天である) 兎にも角にも、我輩は眼鏡の御仁の側に居ると決めていた。 およそただ鴉なれば 我輩は鴉である。 我輩は天に住んでいる。 我輩は鴉である。 我輩は自由である。 けれど、自由には制約と言うものがある。 我輩はこの御仁と契約をしている。 それは一方的なものなのかもしれないが、 死ぬか生きるかの際で助けられた我輩は、彼に何かせねばならぬと心得る。 我輩はだた一羽の鴉なれば、 彼のように人を制し、繰ることも、 あれのように彼を守ることも抱くことも出来ぬ。 それならば、 それならば、 我輩に出来ることなぞたかが知れている。 「下のほうが騒がしいですよ」 さして興味もないような声音とは裏腹に、その顔はどこか楽しそうであった。 元帥殿は、時々顔と声の色がちぐはぐに噛みあわぬ。 どちらが本心であるかなぞ、ただ鳥なる我輩には分からない。 顔色がまことであるときもあるし、声音がまことであるときもある。 決まった一方が真実ということはないのである。 我輩は鴉である。 元帥殿に飼われている。 ただ茫洋とお側に控え、その独り言を聞いている。 下界の方ではまた国を巡っての諍いが起こっている。 人が死に人が死に、天地を巡る。 もともとが天に生を受けたる我輩には、人間のそれは理解出来ぬ。 元帥殿ははじめにその人間を「愚か」と、そう仰った。 だから我輩は、人間のその理解出来ぬそれを「愚かである」と認識した。 けれども、その愚かさを元帥殿はいとしいという。 足掻く様がいとしいのだという。 愚かさといとしさがイコールで繋がる理由が我輩には解からない。 我輩はただ鳥なれば。 きっと鳥ごときの頭では至らぬ思考に違いない。 その争いの中で元帥殿が興味深く見ていらした人間達が居た。 一人がもうひとりの父を殺し、殺した一人がもうひとりの国へと下って仲間となった。 父を殺されたひとりは殺した一人を憎み憎み、慟哭した。 一人はもうひとりを受け入れて、包み込むようにして愛した。 もうひとりも慟哭を乗り越え、やがてそのひとりを拙くも愛した。 その過程を元帥殿は舞台でも見るような気軽さでもって、ずっと見下ろしていた。 「下のほうが騒がしいですよ」 元帥殿が繰り返した。 元帥殿の隣から首を伸ばして下を見る。 どうやら元帥殿が眺めていた舞台が幕を迎えたようだ。 一人が死んだ。 いや、まだ死んではいない。 けれど、魂が抜けかかっている。 もうじき死ぬだろう。 もうひとりはまだそれを知らない。 けれどじきに知るだろう。 戦はあと数刻で収まると見える。 火の手が緑を呑み込んでいた。 ああ、幕が下りるのだ。 我輩は足りぬ頭で思った。 滅びた一人の肉体は、それの尽きるとともに我輩の下界の同胞(ハラカラ)らにつつかれカタチをも失う。 それは何となく忍びないと、およそ鴉らしからぬことを思う。 「ねぇ、君。ちょっと頼まれてくれやしませんか」 我輩の心を知ってか知らずか元帥殿は申された。 「最期に花を」 我輩は「可々」と一声上げて飛び立った。 我輩には元帥殿の頼みを断る理由など無い。 元帥殿の仰せのままに。 我輩は元帥殿の鴉。 元帥殿のもの。 元帥殿の望みとあらば、この身でもってあなたの舞台を彩りましょう。 我輩は元帥殿に向けてくるりとおおきく輪を描き、そのまま下界へ落下した。 一人の身を我が同胞に喰われぬように、我が同胞でもって覆いつくそう。 ひとりが一人を見つけ、一人をひとりのもとへ還るまでの最終幕を我が身でもって元帥殿へ御届けせむ。 ---終幕---

―――Fin― 「2nd Rash」のしなさんより頂きました。 鴉が!鴉がすごく鴉です!何この謙虚で健気で可愛い鳥!欲しい! うちの妙に生意気で人間臭漂う似非鴉とは大違い! きっと元帥は成り行きとか気まぐれで助けたんだけど、義理堅いからついて来たんだ、 元帥は別にどうでもいいと思ってたんだけど、何かだんだん可愛くなってきてひっそりこっそり愛でてるんだ。・・・それイイ・・ あの二人も、違和感なくダブルキャストで素敵です。 ホントにホントにありがとう。まさか書いてくれるとは思わなかった、言うだけでも言ってみるもんです。 持つべきものは才気溢れる友達だね!私の果報者! また何か下さい。(コラ