小汚い壁に、レンブラント 【コーヒー・キャンバス】 「・・・どーしたの、コレ。」 捲簾の声は呆れと脱力感を絶妙な配合で混ぜてあった。 「・・・・いいでしょう?それ」 天蓬は読んでる本から視線を上げもせず、質問にも答えてない。 本棚に覆われた天蓬の執務室の壁の隙間。捲簾はに窮屈そうに飾られていた絵を前に立ち尽くした。 絵に興味が無くたって、こんだけ長く生きてりゃ、1回くらいは見たことがある。 レンブラントの「夜警」 光と影の強烈なコントラスト。一度見たら何故か妙に記憶に残る。 大方、気に入って下界から持ってきたんだろう。 ・・・・・・・・へぇ、こいつならピカソの方が好みかと思った。・・・じゃなくて。 天蓬の好みの基準はよく分からない。 何処からともなく拾い集めてくる天蓬曰くの‘芸術品’は、少なくとも俺の美的感覚からいったらガラクタと同類だ。 それでも、これが本物のレンブラントの「夜警」であれば、こいつにも一般の美的感覚がまだ残されていたんだと思い直すことも出来た。 やっぱりよく分からない、と思い直す結果となったのは、どんな素人が見ても鼻で笑い飛ばしたくなるくらいに、これがヘッタクソな贋作であるからだ。 本物は無理だとしても、もっとましなものは無かったのか。 「それが、いいんですよ。」 こっちの思考を見透かしたように天蓬が言った。 何処をどう見ても短所しか見当たらなんだが、この汚っい絵のどこかに、このきれーな副官の気に入るべき長所があるんだろうか。 そう思って画面に顔を近付けると、似つかわしくない匂いがした。 「・・・コーヒー?」 何故絵からコーヒーの匂いがするのか。 思わず眉が寄る。 すると、本を閉じる音がして、続いて声がした。 「・・・紙って日が経つと黄ばむじゃないですか。」 いつどこにそんな話を始める要素があった? 「キャンバスも同じなんです。古いキャンバスと新しいキャンバスでは、色が違う。 ある腕のいい贋作師が言っていたんですが、レプリカを作る際、その誤魔化せない時間の作用をどうするか。」 天蓬を振り向くと、天蓬は俺の目の前のあまりに嘘臭い贋作を見ていた。 「コーヒーを下地に塗るんだそうです。 それが、一番人の目を欺きやすいと。」 「はぁ。しかしこの画力じゃ、欺く以前の問題だろーが。」 「だから、イイんじゃないですか。 そんな専門知識まであるくせにこの腕で、さらにレンブラントを描こうという作者の無謀な心意気が。」 その屈折しきった思考回路に、思わず苦笑した。 やっぱり、こいつの趣味は理解しない方がいい。 しかし天蓬は、そんな俺など意に介さないように窓の外に視線をはずすと、何でもないことのように言った。 「だってお似合いじゃないですか。 死もない、生もないこの世界こそ、嘘臭くてチープな、レプリカみたいな気がしません?」 ・・・・・。 この男の趣味なんて、一生わからないと思ったのに。