お前、何を見てる? 【不可視光線】 バサバサバサ、と紙のこすれる音がして、無理やり本を詰め込んであった本棚の一角が崩れた。 その音に反射的に振り返ったのは、運悪くこの場に居合わせた俺と、その崩れるような本のつめ方をしていた張本人である、この部屋の主だった。 「・・・で、この書類ですけどね、」 「お前、アレを片付けようとかそういう思考は持ち合わせてねェのかよ。」 「貴方がやってくれると言うのなら断りませんよ、さぁどうぞ。」 ・・・・何でそうなる。 俺は決して掃除をするために天蓬の部屋を訪れたわけではないのだが、仕事で嫌がおうにも時折この部屋に踏み入らなければならない。その度に床を埋め尽くすほどの本の山を掻き分けるのは非常に不愉快だ。・・・というわけで、俺は現在崩れた本を片している。いや、ほんとはそんなのこじ付けで、ほっとくのも人間としてどうよ?と、俺の良心が泣く泣く声を上げたからだが。 当然、原因である天蓬にも手伝わせている。 「・・・知ってます?光も電波も音も、みんな波なんですよ。」 本を積み上げていると、唐突に天蓬がそう言った。 こいつの話は大概、脈絡がない。 「あー、なんか昔習った気ィするな。」 そう言いながら、積んだ本を抱えて立ち上がると、天蓬が光化学系の本を手にしてるのが目に入った。 「目に見える可視光線と電波は同じもので、波長によって電波だのX線だのに分類されますが、音は少し別なんです。 でも、やっぱり空気中を伝わる波なんですよ。」 もうほとんど独り言だ。 またいつものうんちくが始まったと俺は聞き流そうとしたが、予想に反して天蓬はもう一言しか言わなかった。 「同じ波なら、光が聞こえたっていいんじゃないですかね。」 それは、数日後のことだ。 次の遠征の話があって、俺と天蓬はそろって竜王の執務室へ呼び出しをくらい、そこへ続く廊下を歩いていた。 「面倒くせェ。遠征はいいんだけどな、下界に降りれるし。でもなんでこんなに手続きが面倒なのよ。」 「いいじゃないですか、後の祭りより先の祭りってね。子供は遠足の準備の時からうきうきしてるモンですよ。」 「誰がガキだ、誰が。」 と、竜王の執務室の扉の前でノックをしようとしたとき、中から微かに声が聞こえた。 先客か? これは外で待ってるべきだろーかと考えた時、その声が少し荒れているのに気がついた。 声を落としちゃいるが、口論だ。珍しい。生真面目なあの堅物の竜王が。 揉め事か?喧嘩か?どっちにしろ上司のスキャンダルだ。 ここで入っていって仲裁を買って出るなんて馬鹿馬鹿しい。 俺はにわかに色めきたって、ドアに耳を当てて張り付いた。 上司の弱みは握っておくに越したことはない。 天蓬はそんな俺を見てこれみよがしにため息をついたが、止める気も仲裁を買いに出て行く気もないらしく、扉の向かいの壁に背を預け、タバコに火をつけた。 俺は聴覚に全神経を集中していたが、ふと視線をやると、天蓬がきつい眼差しで扉を睨んでいるのが目に残った。 やがて、竜王と言い争っていた相手が捨て台詞を吐き、扉に近づいてくる気配がした。 俺は素早く扉から離れると天蓬に目配せし、その場を離れた。 廊下の先の角を曲がり、身を隠す。 一泊置いて、バン、と乱暴に竜王の執務室の扉が開いた。 角からこっそり、足音も荒く歩き去るその姿を拝む。 「へェ・・あの人が先日の東方軍の不祥事の根源ですか。」 俺に習って角から顔を出した天蓬がポツリとこぼした声に、何か妙な違和感が残った。 コンコンコン 礼儀正しくノックを3回。 これでもし中から返事でもあった日には、明日はヤリでも降るかと心配になるくらいに意味はないが、後で文句をつけられた時に言い訳になるので一応しておく。 案の定返事はない。 「てんぽー、オイこら天蓬!入るぞー!」 扉を開けるとそこはやっぱり本が散乱していて、数日前につめなおした本棚も、再び無残な姿をさらしていた。 くそ、あのまま放って置けばよかったか。 ため息を禁じえないが、そんなことくらいで凹んでは、この傍若無人な副官とは付き合っていけない。 「天蓬!どこにいる!」 俺の声は戦場で怒鳴り散らしているだけあって、かなりデカい上、声質だがなんだか分からんが、アホみたいに通る。 そう評判なのだが、本の世界に神経の全てを差し出している天蓬には何故か届かない。 仕方なく、足元の本を拾いながらとりあえず机を目指して進む。 俺の歩いた後だけ床が見えているのが情けない。 机に到達しても、その周りに天蓬は居なかった。 チッ、寝室の方か。 「出て来い!天蓬!!」 俺がこんだけ声張り上げてんのに何で聞こえねェんだ。 あいつの聴覚はどうなってる。 俺はあきらめて、再び足元の本をどかしながら寝室へ向かった。 「天蓬!」 寝室の入ると名ばかりの寝室はやっぱり本に占拠されてて、その中に部屋の主の立場を本に奪われた、本の虫がいた。 なんでこんな近くで呼んでまで聞こえてねェんだ。 あいつの集中力が並みじゃないのは分かってるが、ここまでくると異常だ。 「返事くらいしろっつーの活字馬鹿!」 文句をつけながら本を奪うと、そこでやっと天蓬は顔を上げた。 いきなり現実に引き戻されて意識がついていかないのか、ちょっとぼーっとしてる。 それからやっと俺のほうを向き、間抜けな面でこう言った。 「おや捲簾。」 ・・・俺がこのやるせない怒りをこいつにぶつけたところで、何の問題もないはずだ。 「テッメェ、『おや』じゃねェよ、俺が何回呼んだと思ってんだ! その上また散らかしやがって、ここにくるまでに無駄な労力費やしちまったじゃねェか! 利子付きで直ちに今すぐ返せ! そもそもこんな近づくまで気づかないたぁ、おまえそれでも軍人か!?」 思わず怒鳴りたてると、思わずといった風に、天蓬は目を閉じた。 端正な眉がしかめられる。 ・・・何だ? また、違和感。 「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか!あなたの声、強烈なんですから!」 「おーそりゃ悪かったな、せいぜい次がないようにせめて部屋を片付けとけ。 それから、コレ。明日からの遠征の最終決定の書類な。 今日の1時までだって。」 ちなみに現在、12時44分30秒 「な、何でもっと早くもってこなかったんです!」 「この部屋の入り口からここまで、5分ほどかかったもので。」 「5分やそこらの話じゃないです!」 嘘付け。 20分あれば、お前の頭ならそれくらい書類、どうにかできただろ。 現在12時45分03秒 残り時間14分57秒 フルスピードでギリギリってとこだな。 なんて俺が考えてるうちに、天蓬はその辺にあったペンを引っ掴んで恐ろしい勢いで文字を書き始めた。 さて、じゃあ俺は残り時間で、この本の山から判子を発掘してやりますか。 あの書類のラストに押さなきゃならないはず。 ああ、ほんと面倒見のいい俺様。 降りた下界は猛獣の巣窟だった。 一体一体はたいしたことはない、ただ、数が尋常じゃなかった。 事前調査で報告を受けていた数の、倍近くは居る。 「結界にできるだけ追い込め、一匹ずつ片をつけてたらキリがねェ!」 各所で爆音が響き渡る。 ただの脅しだ、殺傷能力はないに等しい。 それでも、音にビビッた獣どもが森の中から飛び出してくる。 「今だ、封じろ!」 森の1箇所、一番逃げやすく、唯一爆弾が仕掛けられていない場所に張られていた結界が、森から飛び出してきた獣達を飲み込んでいく。 これで大部分は始末できた、と思った俺が甘かった。 第二弾、さっきの群れより遅れて森から現れた一群に、頭の中で警鐘が響き渡る。 無理だ、結界をはるには時間がねェ。 「退け!!」 迷わず退却命令を下す。 俺の後方に居た奴らが速やかにその場を離れたのを気配で知った。 問題はもっと森に近い方に居る奴らだ、退却も間に合わねェ! 「目ェつぶっとけ!!」 言うなり、俺は閃光弾を投げつけた。 俺が見た最後の光景は、 襲い来る獣の集団にとっさに剣を抜いて応戦する部下達とその先陣に立つ天蓬、そこに俺が投げた閃光弾が引き寄せられていく風景だった。 音はないが、カッ弾ける強烈な光線、一瞬で描かれる2色だけのコントラスト。 頭ごとそらして目を腕で庇っても、なお目蓋を通ってくる白い光と、目を焼かれた野獣と部下が上げる悲鳴。 苦鳴は未だ続いても、過ぎ去った光に目を開ければ、そこは戦場というよりは被災地だった。 もろに目をやられた奴らが、敵も味方もなくうめいている。 それでも、あのままだったら確実に血の惨劇を見ただろう。 一時的にやかれた目は、確かに痛みを伴うだろうが、やがて視力は回復する。 多少視力は落ちるかもしれないが、命に引き換えればなんでも無い。 痛みを味あわせてしまった奴らに悪いとは思うが、後悔はない。 俺は先に退却していた隊を呼び戻し、目を押さえてうずくまった奴らを保護させた後、再び結界を展開して、残りの妖獣を封印した。 それは、その後に発覚した。 俺が一通りの作業を終え、後方の駐屯地に戻ると、そこはさっきの負傷者で溢れていた。 強い視覚刺激が頭痛まで引き起こしているらしく、多くが目に触れタオルをあててうなっていたが、「大丈夫か?」と俺が声をかけると、一斉に礼を言われた。恨み言なんか一切言われなかった。 優秀で状況判断の出来る部下を持って、俺は幸せだ。 俺は隅のほうで、やはり目にタオルを当てて座り込んでいる天蓬のところへ歩み寄った。 「よお、大丈夫か?」 返事はなかった。 「一通り封印しといたぜ、あとは明日もう一回見回って、問題なかったら上戻るか。 そのころにはこいつらも、だいぶ回復してんだろ。」 返事は、なかった。 「・・・天蓬?」 こいつの気まぐれなんて今に始まったことじゃないし、よくわからん理不尽な理由で無視だとかを味わったこともあるが、何かが、変な気がした。 そもそも、こいつが起こす気まぐれだなんだってのは、天界でだけ見られるもので、現場じゃ一切そんなことはない。 元帥としての天蓬が、答えないはずはなかった。 「おい?」 目をタオルでおおってても、寝てるわけじゃない、それくらい気配でわかる。 ・・・・じゃあ、何。 腹の中に広がる、なんとも言えない、嫌な感じがした。 何かを考えるより先に、手が動いた。 何かにせかされるように、突き動かされるように、その肩を掴んだ。 「天蓬!」 タオルが落ちた。 ビクリと体をすくませたのは、当然かもしれない、見えていないのなら。 じゃあ、何で。 「・・・けんれん?」 唇はそう動くのに、音が発されない? おかしい、何かが、おかしい。 この間から感じていた違和感が、音を立ててよみがえる。 ・・あれだけ俺が呼んでたのに、何で活字を見ていた天蓬は気づかなかった? ・・何で俺の怒鳴り声に目を閉じるのに、こいつは耳をふさがなかった? ・・自他共に認めるやたら聴覚の良い俺が、ドアに張り付いてやっと聞きとった内容を、何で向かいの壁にもたれていたこいつが知っていた? 「同じ波なら、光が聞こえたっていいんじゃないですかね。」 逆説は? 「同じ波なら、音が見えたっていいはずじゃないか」 「天蓬、お前・・・」 うっすらと焦点が戻ってきた天蓬の瞳には、俺の見たことがない色が映っていた。 赤外線は何色に見える? 紫外線は何色に見える? 俺の声は何色に見える? 世界は七色のスペクトルと、一体誰が決めたんだ? 天蓬、お前、何を見てる?

―――Fin― 分かりにくくてすいません。 音が聞こえない代わりに音が見える元帥。 所詮フィクションです、信じないで下さい、音が見えることはありません。 ただし、光は見える範囲に個人差が多少あるので、紫系があまり見えなくて、赤外線近くが見える人とか、 赤系が見づらくて紫外線に近いところが見える人もいます。 生物によっては、世界が2色に見えてるものもいるらしいです。 世界が七色以上あったら、色が溢れて大変だろうに。