俺の視力は、両目合わせて4.0以上ある。 【傍観者の視点から】 俺は天界西方軍第二小隊に所属する軍人で、軍人として目がいいに越したことはないが、正直それ以外に取り得はなく、剣も銃も人並み程度、足が速いわけでも身が軽いわけでもない。 それでも軍に入ってからそこそこの年月も経過した。 位置的には中堅、軍という組織の構造と動向をある程度把握し、権力には逆らわず、不都合には目を瞑り黙って日々を過ごせるくらいにはなった。 が、時々この目は、見なくていいものまで見る。 「あー!大将それ俺の焼きプリンー!!」 微かに聞こえた騒ぎ声に目をやると、訓練場の反対側、第一小隊のロッカー付近でたむろしている人影が居た。 声は聞こえないが、口の動きは見えた。 「あー?名前もかかねぇでいつまでも放っとくのが悪いんだろー。」 「うあああ楽しみにしてたのにー」 「そこまでいうなら口移しにしてやろうか?」 「結構です!あ、どうせなら俺、こないだ大将が隠してた酒の御相伴に預かりたいなー」 「お前どっから見てた!」 「うはは、隠しきれると思ったら大間違いですよ大将―」 旧友のように笑い合う、第一小隊の軍大将と一般兵。 第二小隊なら、いや他のどの軍でも、言葉遣い一つ間違えば左遷が決まる間柄であるというのに。 ・・・憧れがないといったら嘘になる。 だけど、元帥と円雷第二小隊長が仲違いして出来た第一小隊の、何かと特別扱いな分、何かと目の敵にされている現状は、軍という階級社会であまり賢くないように思えた。 その日俺の上官はすこぶる機嫌が悪く、できることならなるべく距離を置きたがったのだが、生憎そうもいかなかった。 理不尽な怒鳴り声に首をすくめ、罵倒に頭を下げ、後輩を盾に叱責をかわす。 しかし、これが賢い方法かどうかも、分からなかった。 逃れ出た廊下に、薄紅色が舞う。 桜は嫌いだ。 本来潔くあるべきものが、無感動に開花と落花を繰り替えす。 これがこの世界への順応だとでも言うように。 俺の目に、この白は痛い。 第一小隊との共同戦線は珍しい話ではない。 しかし作戦において協力体制を取るという形であり、行動も命令系統も別のままだ。 基本は第一小隊が前線、第二が後方支援。 前線といえば花形で、活躍も目につきやすく、派手で華やかにみえる。事実そうだ。 だが、それは功績があがったときの話で、実際前線に出れば死亡率は高く、失敗すれば責任を擦り付けられ、成功すれば妬まれる。 第二小隊の円雷隊長は馬鹿な人ではなく、目先の功績にとらわれたりせず、常に前線を第一に譲ってきた。 ・・第一に押し付けておいたとも取れる。 が、どうも第一の方ではこれを歓迎しているようだった。 俺も長いこと西方軍を見てきたが、天蓬元帥は変わり者だけど、この人もけして馬鹿な人ではないと思う。 ならば、何故前線に立つのか。 あそこまで強く賢ければ、リスクも取るに足らないのだろうか。 はるか高い崖の上、頬をなぶる高所の風を受けながら、谷底の第一小隊を眺めた。 あと数時間後にはこのあたり一帯に潜む妖獣の掃討作戦が開始される。 元帥たちが対象を谷底へひきつけ、崖上から俺たちが一斉に結界を展開する予定だ。下では、地形の確認をとりながら作戦前の最終調整を行う捲簾大将達が見えた。 「・・・あれ、元帥が居ない」 俺には、どこに第一の連中がいるかも見えねぇよ、と隣で同僚がぼやき終わるか否かのうちに、元帥がこっちに現れた。 「円雷いますか。あぁ、今下で念のため軽く調査をしたところ、事前の報告書と・・・」 策の変更か。 俺たちが周りで耳をそばだてたその瞬間、空気を劈くような絶叫が下から木霊した。 崖縁にいた奴らはすぐさま覗き込み、一様に顔色を変える。 持ち場に戻った全員にびり、と緊張が走った。 「対象出現、数が多い、20、いえ30以上!」 事前調査の倍だ。 円雷隊長と天蓬元帥がほぼ同時に現場を覗き込む。 もうもうと立ち上がる土煙と妖獣の群れの中、不意を衝かれた第一小隊が、どうにか応戦していた。 13.14.・・・15。全員無事なのは流石だが、陣形も何もあったものではない。 捲簾大将が麻酔銃を剣に持ち替え、先頭に立って切り込んでいるのが見えた。 しかし流石に対応しきれておらず、大型の対象はあっという間に谷を埋め、こちらの崖に取りつき始めた。 「総員退避!」 円雷隊長は迷うことなく号令を発し、すぐさま踵を返した。 俺は従おうとしてふと隣の元帥に眼をやった。 険しい顔で双眼鏡を当て、皮手袋の白い指が無線のボリュームを全開に跳ね上げる。 受信機から生々しい戦場の騒音と怒号、捲簾大将の突き抜けるような号令が次々飛んだ。 ・・・元帥、顔が蒼白だ。 「大尉!何をしている!」 背後から飛んだ声に、振り返ったのは俺でなく元帥の方だった。 傍にあった武器保管箱から銃をひったくる。 無理だ。 かつて見た訓練場の記憶がフラッシュバックした。 末恐ろしいほど正確無比に的のど真ん中を打ち抜く元帥。 「うっわー、元帥銃撃でも相当いけるんじゃないっすか」 団子になって背後から見物する第一の面子。 ライフルから目を離して元帥は笑った。 「そりゃ、見えれば撃てますよ」 ピン、とレンズを指ではじく。 「改造しちゃいましたから」 「え、マジっすか!撃たせてくださいよ!」 一人、瞬く間に元帥の隣に移動した男がライフルを構える。 標準をあわせようと覗き込んだ瞬間、ぐらり、と傾いだ。 「・・・な、なんすか、これ」 「だから、僕の目にあわせて改造したんですってば」 「元帥こんな補正しないと見えてないんすか!」 「まー、それでも微妙にぼやけますけどねー。だから接近戦で刀振り回してる方が、狙い定めやすくていいんですよ。」 そういう問題か? 「つか、改造ってレンズだけ?」 「えぇ。見えれば当たるじゃないですか」 「・・・・すんません、俺、絶対ぇ元帥より見えてるけど、あんな当たんねぇわ」 「ああああ俺もー!」 けらけらと笑う、第一小隊の。 「大尉!」 背後からの怒声に、耳をふさいだ。 元帥がひどく目を眇めて銃を構える。中距離用の銃だ、それほど性能のいいレンズは入っていない。 撤退する第二小隊の慌ただしい足音を、俺はどこか遠くで聞いた。 いま俺の意識を占めるのは、受信機から流れる戦場の音、元帥の微かに、微かに震えた引き金の指先。 怖いのか。これほどの人でも。 俺は静かに元帥に寄り添った。 「直線距離650程度、12時の方向から5匹、相対して捲簾大将他4名が足元付近で戦闘中。1時方向に3名、10時半の方向に4、その後方に3名。」 元帥がちらりとこちらを見たのが分かったが、俺は静かに続けた。 「1時方向の3名を囲むように正面から3匹、2時方向から4匹、10時半の方向には9時11時方向からそれぞれ3匹、後方の三名、内1名が怪我をしている模様」 自分の銃を構え、崖を登ってくる先頭の眉間を狙って数発撃った。 首に一発、背に一発かすっただけだったが、それでも絶叫を残し、後続数匹を道連れに転がり落ちていく。 「大将が2匹、1時方向で1匹倒したようですが押されています」 「永膳!倒したら戻れ!洋潤、そっちに怪我人がいるならここはいい、早めに離脱しろ!」 無線から捲簾大将が叫ぶ。 「10時半方向、5名後退、2名が残り応戦しながら捲簾大将たちとの合流を計っています」 俺の背後でもう声はしない。 第二小隊は既に引き上げたのだろう。・・・第一と俺を、置き去りに。 「正面の4匹、2時方向の2匹が倒れましたが、対象はまだ増えているようです。このままでは囲まれる、」 「・・・結界は?」 その時、元帥がはじめて口をきいた。低く張り詰めた声だった。 「準備は整えてありますが規模はレベル3です、展開するには8名以上いないと負担が・・・」 「構いません、起動スイッチは?」 「こちらに」 ザザザ、と無線にノイズが混じる 「永繕動くな!」 捲簾大将の声と共に地響きのような轟音、俺の視界では土煙とともに3匹ほどが折り重なって倒れた。 「1時半方向で3匹倒しました、後退した5名は下方30度ここから583m程先の岩陰から銃で援護中、残り捲簾大将含め10名岩の前方で合流して連携をとりながら応戦しています」 ・・強い。 確かに押されてはいるが、非常事態にあっても恐ろしいほど無駄なく、お互いを読んで動いてる。 こんな時に、俺は阿呆にも、見惚れた。 「!」 それは、見間違いじゃなかったと、自信を持って言える。 見入っていた俺を、ほんの一瞬、確かに、捲簾大将が振り向いた。 目が、あった。 俺を見て、隣の元帥を見て、にやりと笑った。 俺は鳥肌がたって、慌てて元帥を見ると元帥は目を瞑っていて、ただ、口角を小さく引き上げた。 全身の毛が逆立った。 崖下から妖獣の唸り声と風が吹き上がる 「来る、」 「退け!」 俺と無線から大将が叫んだのと、元帥が引き金を引いたのは同時だった。 ガカカカカッと言う連続音とともに、第一小隊と対象の間を一直線に銃弾が横断した。 ・・・・見えてんのか、この人。 その正確さに俺がぎょっとしている間に、第一小隊は瞬く間に全員が岩陰に滑り込み、元帥はためらいなく結界の起動スイッチを押し込んだ。 「元帥!」 バチ、という放電に似た音。 崖の中腹に仕込まれたポイントから結界が青白い光を上げて展開する。 スイッチからも光が走り、元帥の髪をくくっていた紐が切れて長い髪が翻った。 「元帥、」 元帥は眉をしかめたが、指は離さなかった。 静電気をまとった様に軍服の裾がバタバタはためいている。 腕がびりびり痙攣して、皮手袋からのぞいた爪は真っ白だった。 あー・・俺、何やってんだろうな。 撤退命令無視して、第一に加勢して。結界展開もあんまし得意分野じゃねぇんだけどな。 元帥の指先に、手を重ねる。 とたんに、膝を地に着きそうな負荷がかかった。 目の前が真っ白になって、俺は多分、一瞬失神したと思う。正直何が何だか分からないほど頭が動いてなかったが、光が収まった崖下を覗き込んだら、対象は一掃されていて、第一の連中がこっちに向かってひらひら手を振っていた。 なんて奴らだ。たった今、死に掛けたくせに。 笑ってやがる。 無線から能天気そうな男の声がした。 「元帥ー!成功しましたよーお疲れ様っしたー!こっちは足の骨折が一名だけです、全員に焼きプリンおごりの刑で構いませんか、どーぞー!」 「えー!見舞いもらうのは俺のほうじゃないのかよ!?つかそれ単にお前が食いたいだけだろうがー!」 「文句あんのかー!?」 「あるよ!」 呆れて、元帥を振り返る。 真っ白な頬に汗で髪を張り付かせて元帥は薄く笑うと、そのまま崩れた。 「元帥!」 「え?何?」 咄嗟に腕を出したが支えきれなくて、俺まで後ろに傾いだ。 それでも無線の向こうに怒鳴ってやる 「こっちは冷や汗かいた上に、降格と左遷の刑だよ!」 怒鳴ったつもりだが、声になっただろうか。 意識を失くす直前、誰かに支えられる感触と、ハイライトの臭いをかいだ気がした。 目が覚めたらそこは天界の病院で、枕元には自分で予言したとおりの2階級降格、後方も後方の物資補給部隊への左遷移動命令書が見舞い品代わりに置いてあった。 自分でやったことだからまぁいいけど、せめて花か果物の一つくらい添えて欲しかった。 見回りに来た看護婦をとっ捕まえてそれとなく聞いてみると、あれから1日半ほど経過していて、元帥はこの病院のどこかでまだ眠っているらしい。 それはそうだ、8人分の結界負荷をほとんど1人で被ったんだから、俺程度ならとっくに再起不能だ。 俺は1日半程度で目が覚めたところを見るに、ろくに助けになっていなかったと見える。 何やってんだかなぁ。 その日俺の移動先の上官はすこぶる機嫌が悪く、できることならなるべく距離を置きたがったのだが、やっぱりそうもいかなかった。 のらりくらりと曖昧な返事をしてどうにか場を逃れる。 これが賢いやり方でなかったことは明白な気がしたが、何だかもうどうでもよくなった。 理由をこじつけて出た廊下に、相変わらず薄紅色が舞っていた。 何となく外に目をやると、桜吹雪の中、白と黒の衣が煙草の煙をまとって、はるか遠くに居た。 俺の視力は、両目合わせて4.0以上ある。 この目は、まだ時折、見なくていいものまで見る。 ひらひらと、手招いているのが、見えてしまった。 第一小隊へ引き抜きなんて、最高の左遷のような気がする。 第一小隊の連中は桜が好きで、それも下界の桜が好きで、奴らはそれこそ下界の桜のように、無鉄砲で潔くて感動的はほどに馬鹿だ。 「一杯、ど?」 差し出された酒は恐ろしく上等な香がした。 秘蔵なんだぜ、と大将が酒瓶を持ち上げて、貴方いくつ隠してんですか、と元帥が笑った。 差し出された杯に、花弁が舞い込む。 俺の目に、この白は痛い。 涙が出そうなほど。