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抱かれた椅子の背がキィと鳴いた。 【白日の傷】 日に焼けた肌に白いガーゼ。 固まりかけた赤黒い血と、このコントラストは目に痛い。 消毒液を含ませた脱脂綿が、まだある無数の傷をぬぐい、深いものにだけガーゼをあてた。 すでに右上腕と腹部には包帯が巻かれている。 手当てされている男の方は、椅子の背もたれにあごを乗せ、おとなしく治療中の背を丸めていた。 「貴方、狙撃手のはずでしょう。何だってこんなに傷だらけになるんですかね。」 天蓬が文句と一緒に、テープをぴっと切った。 「さぁ。・・お前こそ切り込む割に、背中とかそんなに傷ねぇのな」 「背中の傷は剣士の恥だとロロノア君も言ってましたからねぇ。・・ってかいつ見たんですか」 「秘密。」 「わーセクハラオヤジ」 縦につ、と伸びた傷を、ピンセットの先の脱脂綿が追いかける。 突然の刺激に驚いたように肌が強張るのを、捲簾の背後で天蓬は興味深げに観察していた。 戦場では背中に目でもあるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。 「痛ぇ」 「文句があるなら医務室に行ったらいいでしょ」 「やだ。」 何が嫌なのか、捲簾は極力医務室へ行きたがらない。 自分の手の届かないところに傷を作る度、天蓬の部屋へ転がり込む。 天蓬が外出先から帰ってくると、血まみれの男がソファーでくたばっていたことも1度や2度ではない。 おかげで手当てには随分慣れたが。 「で、誰よ、ロロノア君」 「おや、海賊狩りのゾロをご存じないとは。世界一の剣豪を目指す男ですよ、彼は。」 「・・・・・へぇ」 それじゃ、お前はそいつに負けちゃうわけ? 捲簾の声はどこか少し楽しそうだ。 窓からの風がそこら中、本の頁をぱたぱた煽る。部屋の中は午後の陽射し明かり。 どうでしょうねぇ。彼は強そうだけど。 でも、彼に勝てば僕は世界一になれますかね。 消毒を施す手は左の肩、上腕、肘関節、と追っていって腕を上げさせた。 「あ。」 脇に、ばっさり。ざっくり。 口を開けた傷から肌を伝った血が、汚れたままそこで固まっている。 「・・・・何・・」 ぶしっ、と直接消毒液が吹きかけられて、大きめの脱脂綿がぐいぐいそこを拭った。 「いッ・・・ってぇな、」 「貴方ね、脇が甘いって言葉知ってます?何ですかこの傷。脇って急所ですよ、西方軍大将の看板ぶら提げて歩いてるからには、アル中でも女狂いでも構いませんから、万年包帯男は止めてくれませんかね。防御が出来てないなんて軍人の恥ですよ恥。」 ピンセットの先、泥と血を一緒くたに拭き取った赤黒い塊がゴミ箱に放り込まれて、まっさらな白がつまみ出された。 「攻撃は最大の防御といいますけどね、それは大局を見たときの戦術論であって、実際に防御行動をとらないなんてい・・」 「恥か?」 天蓬の流れる弁舌がぴたりと止まった。 塞がりかけたかさぶたを剥がされ、再び滲み出した捲簾の血。じわじわと白を染めていく。 捲簾の放り出した足がふらふら揺れて、ブーツがコンと床を打った。 「恥か?傷が?」 惜しげもなく傷を晒す背中。上げた髪がほつれて、風にふわふわ揺れてる。 傷を許した甘さが恥か。 弱さを晒すのが恥か。 俺を切った奴は、もう居ない。 誰に何を恥じ、何処を取り繕う。 ここには、俺とお前しかいない。 捲簾の血が止まらない。 じわりと染み出しては、膨れ上がり、つぅと肌を伝う。 天蓬は手にした綿を捨てた。 「刺しますよ」 「あ?・・・・・・っ、」 ぱくりと開いた傷口を針と糸で縫合する。 「ぃっ・・・――お前、な、麻酔もなしに、」 「だから文句があるなら医務室へいけばいいでしょうが」 「それは嫌だから、此処・・にいるんだろーが」 眉を寄せ、肌を糸が通る摩擦に、痛みと不快感を露骨に示す。 角膜の表面、微妙に水分が増したようで、眇めた目が余計黒くみえる。 なんて顔・・、 ここには、俺と、お前しかいない。 あぁ。・・・成程。 天蓬はぱちんと糸を切ってため息をついた。 悪くない気分だ。 「終わりましたよ」 言いながら懐をまさぐり、つかみ出した煙草の箱は空だった。 立ち上がり、壁の棚に向かう。 確か買い置きがこの辺に・・・あれ?あっちだっけ。 捲簾の方はぼんやりと、右往左往する小汚い白を眺めていた。 無防備に向けられた、軍人にしては細く、しかし的にしては広すぎる、白衣の背。 窓の外では桜がひらひら瞬いてる。いい日和だ。 さて。 捲簾はのそりと、抱きついていた椅子の背から身を起こした。 俺の銃と上着はソファーの上だが、俺はブーツを履いている。 このブーツに仕込まれた投げナイフの存在を、天蓬は知っていただろうか。 そっと手を伸ばすと、その柄は非常に魅力的な手触りがした。 俺は、お前の恥になるんだろうか。
―――Fin―
プライドなんか、捨てちまえ。
・・・という話。
拍手より再録。
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