「それでは先生、失礼します」 「はい、御苦労さま」 ぱたん、と丁寧に戸を閉めて、二人の男は歩き出した。 「それにしてもあの部屋、何度入ってもすごいですね」 若い方の男が目じりにしわをよせ、笑いを堪るような声を出した。 「見ました?あの新しいオブジェ。俺にはどぉーもあの良さが分かりませんよ」 「あぁ」 対して、きっちりスーツを着こなした背の高い男は少し固い顔をしている。 「・・・お前には、そろそろ話しておいた方がいいかな」 その苦味の混じった声に、若い男は笑いを消して、え?と小さく聞き返した。 長身の男はさりげなく周囲を確認して、声を落とした。 「あまり大声じゃ言えないんだが、あの人は、・・・物狂いなんだ」 「ものぐるい?」 どう説明したものかと、男は悩ましげに眉を寄せた。 「例えば・・お前、時計好きだったよな。たまにさ、見た瞬間に気に入って、すげー欲しいって強烈に思うことないか?」 「そりゃ勿論ありますよ」 「だけどそれが自分の年収ぐらいの値段だったら、諦めるだろ」 「安月給ですからね」 聞き手は笑いながら、それと何の関係があるのかと眉をあげる。 「諦めるだろ?それが普通だよ。あの人は、諦められないんだ」 若い男は益々首をひねった。 そんなの、単なるわがままじゃないか。 「そう、一見ただのわがままだな。だけど想像してる以上に深刻だ。寝ても覚めてもそれのことしか考えられない、手に入らないと頭じゃわかっているのに欲しくて欲しくて、仕事も食事も一切手に付かない。理性が利かないんだ。その気に入った物を手に入れるまで、どうしようもなくなっちまうんだよ」 はぁ。若い男は曖昧な相槌を打った。 「しかしそうだとしても・・・あの先生なら困らないでしょう」 資産家の一人息子で本人も名のある学者、力と金に不自由はないはず。 「・・今のところはな」 幸い、あの先生の興味は‘物’にばかり向いている。 「俺は心配してるんだよ。いつか、あれが金では買えない・・・‘人’だとか‘他人の所有物’に興味が向いてしまわないかと」 男は不安げにため息をついた。 【鳥籠の鳥】 彩度の低い俯瞰図を見ていた。 吹き溜まった風が乾いた木の葉を走らせ、カリカリカリと路面を引っ掻かせる。 昼夜をなくすほど厚く立ち込めた雲が、より辺りを白っぽく見せていた。 ‘それ’は、屋根を下に見ながら鎮座して、耳を澄ませた。 ・・6番街の方だ。 そう判断すると、もそ、と頭を巡らせた。 最近また重くなった気がする翼を広げて、飛び立った。 何人かが涙をこらえた顔をしている。 ベッドに横たわった老人の顔は白く、細い息は今、途切れるところだった。 ‘それ’が窓辺に姿を現すと、老人の手を握っていた女は一瞥して顔を伏せ、大きく泣きだした。 老人が、静かに息を引き取った。 いつから‘それ’がこの街に居たかは定かでない。 ‘それ’も、自ら覚えてはいない。 ‘それ’は鴉と呼ばれるもの。 黒い鳥の形をした、鳥ではないもの。 人の死に目に必ず現れ、それを看取る。長いこと、そうしてきた。 天蓬がそれを見たのは秋のはじめ。 寒くなってきた通りに人は少なく、街路樹が金色に色づいていた。 不意に、進行方向の騒がしい気配に気づいて、天蓬は顔をあげた。 2ブロックほど先の通りを、何人かが小走りで左から右に横切っていく。 近づいてから、天蓬は騒ぎの方向に首を向けた。 車が一台、横転してひしゃげている。 「しっかりしろ、もうすぐ医者が、」「南通りのお宅の」「スピード出しすぎたの?」「子供が、」 ざわめきに混じって幼い泣き声が上がっていた。 ・・・事故か。 天蓬に医療の心得はないし、すでに人だかりができて、出来る限りの対応は済まされているらしい。 それなら野次馬に混じるのもどうかと考えて、その場を通り過ぎようとした。 そのとき。 黒いものが、ひらりと空から降ってきた。 鴉。 その場にいた全員がそれに気づき、全員が律儀に見なかったふりをした。 ただ、人が一人亡くなったのを、目を伏せて受け入れた。 天蓬以外の全員が。 天蓬は、自分の目が鴉から離れなくなるのを頭のどこかで自覚していた。自分の中で、あのスイッチが入ったことも。 現場に立つ看板の上、つややかな黒い羽根、知性をもった目、その小さな体にそぐわぬ存在感。 喉が妬かれるように思った。 あれが、欲しい。 野鳥を捕えるのは難しい。 こと、それが知恵のある鳥ならば尚更。 天蓬は鴉を追いかけてみたものの、すぐに見失った。 ただ、再び鴉を見つけ出すのはそんなに難しいことじゃなかった。 鴉は人の死に目に必ず現れた。 小さな街のこと、その気になれば大概の情報は手に入る。 死期の近そうな人間を調べ、その自宅付近を回って歩くなんて、趣味の悪いことこの上ない。だが、スイッチの入った天蓬にはそこまで気が回らなかった。 「・・・先生、近頃・・よくお出掛けになられるとか・・・」 遠慮がちに声を掛けてきた男を、天蓬は恥じ入る様子もなく見返した。 「奥歯に物の挟まった言い方は止しなさい。えぇ、僕は鴉を探しています」 「どうしてそのようなことを、」 「あれが欲しくなりましてね」 聞いた男はいかにも困窮したような顔をした。 「・・先生。先生はこの街にいらっしゃってからそう長くありませんから、まだ誰もお耳に入れてないかもしれませんが、あれは・・・触れてはならないものなのです」 「誰が決めたんです」 「誰ということはないですが・・・不文律のようなもので・・」 あのとおり、不思議な習性を持つものですから。死神と申すものも居れば、天へのお迎えと崇める者もあります。 何にせよ、天候や天災のように、我々の力の及ばないものなんです。 無闇に手を出してはいけません。 日が暮れようとしていた。 ・・・・・また、だ。 鴉は顔をあげた。東の方角。 夕陽の残光に背を向けて、大儀そうに飛び立った。 年輩の男は、一人固いベッドに横たわっていた。 部屋にはほかに誰もいない。 碌な人生じゃなかったもんなァと男は一人ごちた。 酒の飲みすぎだ。肝臓をやられても酒だけは止められないと、分かってて飲み続けたんだから、言ってみりゃあ自殺と大差ない。 ゆっくり瞬きをしても変わらない、濁った視界を見ながら、年貢の納め時ってやつかと自嘲気味に笑った。 その拍子に、ガラスさえ入っていない窓枠に、黒いものを見つけた。 来やがったか。 鴉に目をやった瞬間、男の脳裏に古い知り合いが浮かんだ。 「迎えに来たのか・・・捲簾」 気のいい飲み仲間だった。話は面白くて気が利いてて。 気が置けない、といってもいいような気がしたが、どこか底知れないようなところがあった。 何十年前のことだっけ。 男は目を閉じた。 あの光景は、今でも鮮やかに思い出せる。 何であんなことになったのかは知らない。 俺が駆けつけた時には、捲簾は既にカラスを殺していた。 腹を裂いて、内臓を取り出し、皮をはいで喰らっていた。 あたり一面、飛び散った黒い羽根が地を覆っていて、普通の・・・本当に、街中を歩いてるときと何も変わらない顔をした捲簾がいやに不気味に見えた。 どこから湧いて出たのかと思うほど大量のカラスが、建物や街灯の上からそれを見下ろしてたのを覚えている。 あの、黒々としたまァるい目。 「あぁ・・・思い出した。お前が死んだ時も、今度はカラス共が・・・群がってお前を喰ってたっけ」 確かあの後からだ。この街に、人を看取る鴉が出るようになったのは。 それが、その男の最後の言葉だった。 見覚えのある男だった。 鴉は静かになった男を見下ろした。 何であんなことをした、と聞かれても、もう俺も覚えていない。理由はたぶん重要じゃない。 男が死んだことに、街の人間はまだ気づいていない。 孤独な亡骸をしばし眺めていた。 「こんばんは」 不意に窓の外から声を掛けられて、鴉は下に目を向けた。 ここは二階だ。下の通りに、白いコートを着た男が立っていた。 その男のことなら知っていた。 何度か見かけたこともある。 街の有力者の親戚筋にあたる男。今まで外で勉強していたが、時期をみた当主が参謀にする気か跡継ぎにする気か、わざわざ呼び寄せたと幾月か前に噂になった。 だが俺には何の関係もないこと。 カラスは目を逸らした。 もうここに用はない。 日は、完全に落ちていた。 暗くなると鳥目にはつらい。目を凝らしながら、気をつけてその場を後にした。 そっけなく飛び去る鴉を見て、天蓬は考えていた。 あれは・・・鳥だ。 ただの鳥。 薄闇ごときで目が利いてない。見ろ。ふらふらしてる。 唐突に小屋を建て始めた天蓬を、周囲は不安と安堵を持って迎えた。 「鴉から興味がそれたならいいが、一体今度は何だってんだ」 「そんなに心配することじゃないさ。書庫でも建て始めたんだろ。あの先生の部屋は、本で溢れ返ってんだから」 「それならいい・・。だけどあの病が、簡単に治るとは思えないんだが」 そんな周囲もいざ知らず、天蓬は自ら図面まで引いて、丹念に小屋を作りあげた。 それはいささか風変わりな建物ではあったのだけれども、天蓬の風変わりなことは今に始まった話ではなかったし、まだ、誰も気付かなかった。 助けてくれ。 助けてくれ。 どうか、この子だけは。 幼さ特有のふっくらした頬はしぼみかけ、その上を、幾筋もの管の影が憂鬱に這っていた。 本人の自慢だったさらさらの長い髪が、今は艶を失ってシーツに散っている。 助けてくれ。 父親は両手を固く握り合わせて祈った。顎には剃ることを忘れた無精髭がまばらにある。 傍らの妻も、かつての容色をすっかりなくしていた。 彼は生まれてこの方、祈るなんてことを知らないで生きてきた。 仕事も恋愛も大体のことは上手くいった。努力さえ怠らなければ、大抵のことは思うようになると信じていた。 それがどうだ。 最愛の娘の病を前に、もう、成すべきことは一つも見当たらなかった。 何故だ。何故だ。何故だ。 今まで上手くやってきたじゃないか。 清廉潔白とは言わなくても、格別悪いことをした覚えはない。俺よりひどい奴はこの世に五万といる。 その中で、何で俺の娘がこんな目にあうんだ。 おかしい。何かの間違いだ、こんなことあっていいはずがない。 やるせない不満と憤りは、窓の外にあの黒を見た瞬間に、爆発した。 衝動のまま、男は鴉に向けて発砲した。 やっと俺の番か。 暗い鉄筒の奥を見て、まずそう思った。 よく考えればおかしな話だ。 だって俺は、既に一度死んでる。 鴉は堅い石畳に頬をつけてちょっと笑った。 沢山の死を見てきたけど、俺みたいに、何故か自意識だけがカラスに移り、こんな形で生き残るやつなんか1人も居なかった。 暗い空から、目の前の地面にぱたりと水が降ってきた。 石畳に黒い染みをつくる。 雨なのか自分の血か、ぼんやり考えた。 震える腕で射たれた弾は、狙いを外して体を掠めた。 即死はしなかったけど飛べそうもない。 羽がおかしな開き方をして地に張り付いているが、持ち上げてたたみ直す程の力もなかった。 雨はすぐに大降りになり、ぐっしょり濡れた体は重く冷えていく。 ・・・今度こそお終いかな。 それとも、このまま猫にでも喰われたら、今度は猫になんのかな。 我ながら趣味の悪いことを思いついたけど、あんまり本気じゃなかった。 目の前に現れた靴のつま先に気づいたのが遅かったのは、意識が朦朧としかかっていた所為かも知れないし、雨音がうるさ過ぎたせいかもしれない。 「ひどい有様ですねぇ」 笑いを含んだ声が耳に届いた。 来ると思った。 白いコートがひらりと翻って、白い顔が下りてくる。眼鏡の奥は実に楽しそうな光をたたえている。 指の長い手に体を包まれた。 華奢な印象の割に存外大きな手をもった男は、手の内にすっぽり鴉を収めると、ゆっくり持ち上げて鼻先を突き合わせた。 「やっと手に入ってくれましたね?」 その手はひんやりしていたが、石畳よりは暖かかった。 天蓬は鴉を小屋につれ帰った。 クッションの上に置き、てきぱきと傷の手当てをする。 黒い鳥は大人しかった。 特に抵抗がないのをいいことに、天蓬はそこに鴉を住まわせた。 鴉は懐きもしなかったが、怖れも拒絶もしなかった。 天蓬が、手ずから差し出す餌をじっと眺めたまま、その場において去るのを待っているようだったが、天蓬が退かないと知るとしぶしぶといった様子で口をつける。 羽根の傷には包帯が巻かれていた。 黒い鴉羽にそれはひどく痛々しく見えたが、それが傷の手当の為なのか、鴉を逃さぬためなのかは、天蓬にしかわからなかった。 羽を封じされた鴉は焦る素振りも見せず、ただ用意された仮住まいに当たり前のように座していた。 「ねぇ、ここは貴方の家なんですよ」 天蓬が言った。 「貴方のために‘かけた’んです。」 鴉はちらりと目を向けて、小屋の中を見回した。 多少変わった造りだ。 広いが、ほとんど仕切られていない。小屋全体で一部屋だ。 高い天井には不必要なほど入り組んだ梁が交差している。 ドアが一つに、窓が、天井に近い位置に一つ、大きく丸く切り取られていた。 「・・・先生」 男は苦り切った声を出した。 目の前にいる天蓬は、すでに心ここにあらずで、ふわふわよそ見ばかりしている。 「先生。」 男はもう一度呼んだ。 言いづらい、だけど自分が言わなければ、もう誰もこの人には言わないだろう。 その思いだけが、男の口を動かしていた。 「先生、鴉を・・家に入れていらっしゃるのだとか・・・」 天蓬はやっとこちらを見た。 「えぇ。小生意気な素振りばかりしますが、なかなかに可愛いですよ」 「しかし、その・・死を招くものと一緒におられては、先生に何かあるのではないかと私どもも心配しております」 男は言葉を選びながら、頭から否定するのではなく、できるだけ慮っているように告げた。 だが実際、心配しているのは、もうこの男一人だった。 人の言葉に耳を貸さず、愚かな小娘の恋のように鴉に夢中な天蓬を、周りは既に見限っていた。 今日だって、論文の受け渡しという大義名分がなければ、天蓬は自分をほっぽってあの小屋に籠って居ただろう。 天蓬はそんなことは気にもかけないように言った。 「心配には及びませんよ。僕はこの通り、怪我の一つもしていません」 そうだ。まだ何も起こってない。こうして論文だってまともに書いてる。今なら、この人は引き返せる。 「ですが先のことまで分かりませんし、・・申し上げにくいのですが、先生があれを招いたことを快く思っていない者もおるようで・・・」 先生が鴉を連れ帰ったと噂になった日から、既にいくらか経っている。鴉の傷が治る程度のものならば、そろそろ放す頃合いではないか。 いや、放すべきだ。 何か起こる前に。 先生の評判が、地に失墜する前に。 その親切な忠告を、天蓬は貼りつけた笑顔で聞いた。 もう聞きあきたと言うように。 「傷ついた鳥の世話をして、一体何がいけないんです?」 何が楽しいんだか。 鴉は毎日現れる天蓬に首を傾げていた。 傷は順調に治って来た。 それは甲斐甲斐しく傍で面倒を看てくれた天蓬のお陰でもあるのだが、それにしても四六時中共にいることはないと思う。 ペットになる気はないし、頭の良さそうな人間だから、それくらい伝わってるだろうに。 羽根はまだ包帯で押さえられているが、足なら動く。 座っていたソファーから飛び降りて、床をぴょいぴょい歩き回った。もうすぐ飛べるようになる。 上を見上げた。 止まり木のようなあの梁は、羽を休めるのによさそうだな。 ふと気づくと、天蓬がひどくうっとりした目でこちらを見ていた。 万事の世話を僕に看られても、まるで屈しないあの態度。ここに居るのに手に入らない。 その微妙な距離感が、天蓬の物狂いを加速させていた。 ・・・この鳥が、欲しい。 天蓬は、足元まで跳ねて来て、さぁ定位置に俺を戻せ、と言わんばかりに顔を上げた鴉を拾い上げた。 定位置となっているクッションの上ではなく、自分の膝に乗せる。 心なしか鴉は不満そうに見えたが、そのままそこで足を折った。 「ねぇ」 天蓬の手が鴉に触れた。 「楽しいんですか?」 何が?と鴉が上に目を向けると、天蓬の手がゆっくり羽根をなぞった。 「人の死に様を観賞するのって、楽しいですか?」 ただの疑問からでた問いのようだった。 …別に、楽しかないけど。 「じゃあどうして立ち会いに来るんです」 あんたは何で俺に構うの。 「さぁ。何だか好いてしまったので。」 鴉は上げていた顔を元に戻した。天蓬はまだ羽根の手触りを楽しんでる。 …そんなもんだろ。理由なんて。 大したことじゃねぇ、見たくなったから見た。他に何か理由が要るか? 天蓬はぱたりと手を止めると、数度瞬いて破顔した。 そうですねぇ。理由があるなら、貴方を追いかけ回すより、そっちを何とかする方がよほど簡単に済みそうだ。 理由もなく、欲しくなるから困るんです。 天蓬は鴉を抱き上げて、そっとクッションに戻した。 こればっかりは、死んでも治る気がしませんよ。 似てるのかもしれない。 鴉はぱちりと瞬いた。 似ているのかもしれない。こいつと、昔の俺は。 もう覚えていないけど、かつて鴉を喰ったとき、同じようなものを持っていた気がする。 怒りだか哀しみだったか忘れたが、死んでも死にきれない強い感情。 それは気が触れたかのような。 鴉は初めて興味を持って、まじまじと天蓬を見詰めた。 おかしな格好をしているが、よく見ると綺麗な顔だ。 何より、その綺麗な皮の一枚下に畳み込んだ狂気は興味深い。 ふーん。 鴉は人間臭く目を細めた。 こいつが死んだらどうなんのかな。死にきれない狂気は、俺みたいに生き延びるかな。 天蓬はそっと鴉の包帯を解いた。 傷はわずかな引き連れを残して塞がっている。 頭上の天窓は、今日も丸く口を開いていた。 「もう、飛べるんじゃないですかね。」 天蓬は鴉を見つめて言った。ひどく心臓が脈打っていた。 逃げるだろうか。ここから。僕から。 欲しい。この鳥が欲しい。 だけど力づくでは手に入らない。屈させなければ。この鳥自ら。 鴉は無造作に羽を広げ、音を立てて空気を打った。 ふらりと舞い上がる。 窓と鳥のシルエットが重なって、息が詰まった。 しかし、鴉は頭上で小さく旋回して、天蓬の肩に降りた。 のし、と右肩に重量がかかる。 天蓬は羽が触れる首筋から、この動悸が鴉に伝わるんじゃないかと思った。 ゆっくり手を伸ばし、鴉を撫でて持ち上げる。 目の前の床に下ろした。 「いいんですね?」 鴉はどこにもいかない。 ここにいる。 ここに、いる。 歓喜のあまり震えそうになる手で、天蓬は鴉の足に紐を結んだ。反対の端を自分の腕に。固く。ほどけない様に。 鴉は不思議そうにそれを見ている。 「長さはそこそこありますから、窓から少しくらいなら外へも出れます。でも、ここが、あなたの家です。」 単純な木の家。丸い窓をくりぬいた、大きな巣箱。 手綱のついた鴉。 僕のもの。 黒い鳥は、足から紐を引いたまま、ひらりと窓から飛び出した。 がしゃん。 わずかな時間差をおいて、その音は、この小屋唯一のドアから聞こえた。 外から鍵のしまる音。 仕事を終えた鴉が、窓から戻ってくるのを天蓬は不思議そうに見ていた。 あれ?おかしいな。 鴉を飼ったつもりなのに。 巣箱の中には、僕。