「…頼みますよ…」 心から困ってます、と伝わるほど情けない声で天蓬が言った。 「頼むと言われてもなぁ。」 別に、自分の意思でこうしてる訳じゃないし。 さらりと答えたら、するどい視線で刺された。 「じゃあ他の誰に頼めって言うんです、貴方しかいないでしょうが!」 今度はキレた。 「相変わらずね、お前」 特に他意はなく笑ったつもりだったんだが、俺は火に油を注いだらしかった。 「貴方は死んだはずでしょう!何をへらへらしてんですか!」 この台詞が繰り返されて、今年で何年になるだろう。 【御盆過ぎ迄】 好きですと言った僕の言葉は宙ぶらりなまま、あの男に置いていかれて随分経つ。 随分経つ、と言うことに、この間ようやく気付いて愕然とした。 いつまで引きずる気なんだ僕は。 ちっとも記憶は薄れない。 ・・・それもこれも、帰ってくるせいだ。 長くため息をついて、天蓬は、戦場でもあまり経験がないほど高鳴った心臓を落ち着かせた。 「今日は13日でしたっけ」 「そうだな」 「そうですか」 部屋はすでに薄暗い。 記憶に寸分たがわぬ容姿と声音に、収まりきらない鼓動が耳を打った。 暦を数えながら生活するような性格じゃない。 だから毎年、下界で言うところのお盆の入りに部屋の端にこれが立ってるのをみると、心臓が宙返りしたかと思うほど驚く。 新盆のときなんて、とうとう自分の気が狂ったかと思った。 何で来るんだ。他に行くところはないのか。友人とか家族とか女とか。 そのまま口に出した。 「さぁ。俺にもよくわかんね」 「わからないじゃないですよ」 天蓬はもう一度ため息をついて煙草を探した。 ことさらゆっくり動いているのは、まだこめかみが脈打ってるからだ。 毎年。毎年のことだ。でも、ちっとも慣れない。 やっと火をつけて一口吸った。 「はっきり言いますがね、わりと迷惑なんです。いくら貴方といえど、そんな形でそこに居られたら落ち着かないし邪魔だし、僕の部屋にあなたの幽霊が出るなんて噂が立ったらどうするんです。冗談じゃないですよ」 「ひでぇ言い草。」 捲簾が居なくなってから、また一段と物の増えた室内を、捲簾(の幽霊らしきもの)はご丁寧にかわしながら近づいてきた。 幽霊なら幽霊らしく、飛ぶとかすり抜けるとかすればいいものを。 そんな仕草をするから、まるで貴方が生きていると錯覚してしまいそうで。 「何ですか、何かやり残したことでもあるんですか。経でも読みましょうか、恨みでも晴らしましょうか。 貴方のためなら何だってしますよ僕は。」 しぶとく持っていた読みかけの本をあきらめて、ぱたりと閉じたら捲簾がこちらを見た。 「じゃ、とりあえずその、棒読みのセリフ止めてくんない?」 閉じた本をぶん投げたら、捲簾は律儀に避けた。 「何しやがる!」 「あいっかわらず可愛げのない男ですね、死んだらもう少し悟るとか丸みが出てくるとかするもんじゃないんですか!」 「お前こそ仏を敬えよ」 「貴方ただの幽霊でしょうが、ありがたみもない」 そんなやり取りをしている間に、捲簾はすたすたこっちに来た。 思わず目が泳ぐ。 捲簾の後ろがうっすら透けてる、それをはっきり認識してはいけない気がして。 ぐ、と近づけられた顔に思わず顔を背けた。 「あ。何。久しぶりなんだから顔くらい拝ませろよケチ」 ・・どっちが死人なんだかわかりゃしない。 捲簾が死んだ場面を天蓬は知らない。 一報が入って駆けつけたときには、捲簾はすでに満足そうな顔で息絶えていた。 聞けば、戦場で斃れたのだという。 その遠征に天蓬は同行していなかったし、原因は一つではないし、特に誰が悪いということでもない。 ただ、色んなもののひずみの、犠牲になったのが捲簾であったというだけ。 それでも部下たちは半狂乱だし、捲簾は色んな意味で有名だったから、急に居なくなればなったであちこち無駄な騒動は出るし、収めるだけで数ヶ月かかった。 数ヶ月もたった頃には、後回しにしていた自分の感情の所在など、当の天蓬ですら見失っていた。 ・・好きだったんですけどね。 いえ、今も。 思いは未消化のまま燻って、やり場のない怒りや痛みは、すでに焦げ付いて鎮火してしまった。 かりかりにこびり付いた鍋の底。 手を施すにはもう遅い。 「ねぇ。貴方死んだんですよね。」 「直球な質問だな」 「死んだんですよね」 「そのつもりだけど」 僕の中で消化できていないから、こんなものが見えるんだろうか。 そもそも本当に幽霊なんて居るのか。 僕の幻覚じゃないか。 背けていた顔を戻したら、捲簾は煙草を取り出して火をつけていた。 煙草も、腰にくくった酒も忘れずに持って逝くんだから捲簾らしいことこの上ない。 「死んでも煙草って美味いんですか」 つられてもう一本火をつけながら聞いたら、捲簾はちょっと首をかしげた。 「あー。前のほうが美味かった気はする」 「へぇ・・」 捲簾のほうが煙まで薄い。 僕が吐き出した白にまぎれてしまいそう。 本当に幻覚だろうか。 僕には分からない。 だからといって、誰にも言えない。 こんなこと口にしたら、まだ立ち直れてないのかと哀れまれてしまう。 「頼みますから成仏してくださいよ。」 「どうやって?」 「どうやって?どうやってって、貴方幽霊の癖に成仏の仕方も知らないんですか?」 「知らないし、そもそも必要あんの?」 「は?」 「成仏する必要あんの?この時期にちっと帰ってくるだけじゃん。 お前もさぁ、待ってましたお帰りなさーいとは言わなくていいけど、もうちょい懐かしがるとかなんとかしてくれてもいいじゃん。冷てぇなー、寂しくて死んじゃう」 「死んでんでしょうが。」 そもそも一年おきに律儀にご訪問くれてるくせに懐かしいもクソもあるか。 存命してる実の親よりよほど頻度が高いくらいだ。 舞い込んできた風と花びらに、何となく窓に視線がずれた。 夜桜に月。 今日はまた、一段と綺麗な気がする。 捲簾の死んだ日の桜は、どんな色をしていたっけ。思い出せない。 …普通に哀しみに浸らせてくださいよ。置いていかれた僕って可哀想とか、まだ何にも手ぇだしてなかったのにとか、でもこれでやっと諦めもつくし良かったのかもとか、本人がいたらやりにくいでしょうが。 「やりてぇの?」 がん!と天蓬に八当たられた本の塔がばさばさとくずれた。 「散らかすなよ。片付けたくなんのに触れないんじゃストレスだろ。」 「幽霊のストレスなんかしったこっちゃありません、」 コンコン、とためらいがちに鳴ったノックに、天蓬はぴたりと黙った。 もう一度ノック。 天蓬は眉間に深い溝を刻んだまま、どうぞと固い声を出した。 扉が恐る恐る開かれる。 隙間から、馴染みの顔が覗いた。 「失礼します。元帥?どなたか…」 「おー。永繕じゃねぇか、久しぶりー」 捲簾が嬉しそうに目を細めた。 「お客様でしたら出直しますが、って、あれ?」 永繕はきょろ、と室内を見回した。 「誰かとお話されていたかと思ったんですが」 天蓬は息を吸って整えた。 「…電話してたんで。」 永繕は竜王からの書類だけおいて帰った。 やっぱり僕の幻覚なんだろうかコレは。 元気でなー、とひらひら手をふって永繕を見送る半透明な背中を、じっと見据えた。 「見えてねぇのは単純に、俺に会う気がないからだと思うけど。」 心まで読めるのか。 「会いたくないんですか。」 「だってあいつら俺のこと大好きだったじゃん。今更出てって蒸し返したらかわいそーだろ」 可哀想なのはこっちだ。 「じゃあなんですか、僕に見えるのは嫌がらせですか。」 天蓬は静かに手を握り締めた。 貴方、僕の気持ち知ってるでしょう。腹が立ちますけど、好きでしたよ好きですよ今も。ずっと。 だからといって後追うほど僕だって馬鹿じゃないし、遺してくわけにいかない子たちもいるし、読みたい本も集めたい物も信じらんないくらいあるんです。 でも。 天蓬の唇が、小さく震えた。 いつか死んだら、また貴方に会えますかね。 何度目の告白だろう。 別に言い慣れてるわけじゃない。 何時だってそれなりに本気で、それなりに緊張して、それなりに期待するんですよ。 それなのに貴方は。知ってるって、聞き慣れたみたいな顔して、また何も言わずに消えるんですか。 卑怯者。 「成仏したかな‥」 捲簾の居なくなった部屋を見回して、天蓬は煙草を揉み消した。 さっさと忘れてやろう、あんな男。 さっき投げた本を緩慢に拾って、読みかけのページを探した。 「電気ぐれぇ付けろよ」 窓の外、桜の枝の中から、捲簾は呆れたように呟いた。 じゃあな、天蓬。 また来年。 そんなに心配しなくても、毎年会いに来てやるよ。 風に揺れる桜霞。 捲簾はゆるく目を細めた。 いつか、お前が死ぬ年まで。

―――Fin―       捲簾の独占欲のカタチ。