貴方の部屋には鍵がかかっていた。 ただ、それだけのこと。 【単独失踪 -t】 カァア、という擬態語が聞こえるほど強い光があたりに満ちて、一瞬後に収束した。 「元帥、目標を封印完了しました」 「はい、ご苦労様。撤収にかかってください」 「御意」 妖獣討伐。いつもの任務は、いつものように進み、いつものように終わるはずだった。 仕事が無事に成功したことを確認した兵達は、緊張を和らげ、多少の雑談と共に後始末を始めている。 少し緩んだ空気に、一応上官として目を光らせながら僕も煙草に火をつけた。 正式な報告はまだ上がっていないが、今回は被害もかなり軽微に終わったようだ。 少し機嫌をよくしたところに、永繕が声をかけてきた。 「元帥、大将こっちに戻ってきてますか?」 「いえ?大分派手に動きまわってましたからねぇ、もう少ししたら戻ってくるんじゃないですか」 「そうですか。じゃ、また後でこちらに伺いますよ」 しかし、捲簾は戻ってこなかった。 「どういうことだ?」 ただでさえ眉間によりがちなしわを更に深め、捲簾曰くの生っ白い上官、西海竜王は机の上で指を組みなおした。 「ですから、西方軍第一小隊捲簾大将が現在を持って未だ行方不明です。」 二度もこんな事実を口にしたくはないのに。 事故なのか自発的な失踪なのか、いえ、それどころか生死すらも確認が取れておりません。 最後に目撃されたのは妖獣が封印される前、第一小隊の数名が、東の戦線で麻酔銃を扱う姿を見たきりです。 封印に巻き込まれた可能性も考えましたが、解析結果はシロでした。 現在も小隊が捜索に当たっておりますが、今のところ有力な情報も上がっておらず、引きづつき周囲の探索を行う予定です。 竜王は静かに僕を見つめ、ため息をかみ殺したように大きな息をつくと、了解の意だけを口にした。 下界ゲートの使用形跡から、下界に居ることだけは間違いない。 そしてあの男がそう簡単にくたばってるはずもない。・・・・・ない。 見つけざまに一発、拳を入れてやらないと。と天界で待たずに降りてきた僕に、元帥自ら、とよくない顔をする連中もいたが、第一小隊の面子は、手ェ貸しますよ、と笑った。 無線を片手にあたりを探る。 捲簾は無線機を所持していたはずで、応答はないままだが、回線はまだ繋がっているようだ。 この失踪が事件である場合、傍受されている怖れはあるが、捲簾がそう簡単に拉致されるはずがない。 これは自発的な失踪だ。 「捲簾、応答しなさい。」 無線機から返るのは、ザ、ザーと断続的になるノイズばかりで、何の変化も示さない。 何処にいるんだ。 何をしてるんだ。 僕に黙って、如何して消えた。 早く。早く、帰ってきなさい。 「捲簾。いい加減にしてくださ・・・・・・・!」」 耳が、何か・・・音を拾った。 「捲簾!」 」 自分の声が、二重にぶれた。右から、わずかな時間差で追ってくるエコー。 音源を捜して走ると、そこには、うち捨てられた捲簾の無線機が、むなしく僕の吹きこんだ声を繰り返していた。 捜索は難航を極めた。 捜索範囲を広げても足取りは全くつかめず、ただ無為に時間だけが過ぎた。 軍生活に嫌気が差し、脱走を図ったのではないかとか、下界に干渉しよからぬことを企んでいるのではないかとか、様々な憶測が飛び交い、状況は悪化の一途。 第一小隊だけが、こんだけ大騒ぎしたんだからお土産は菓子折りくらいじゃ済まねぇよな、と呑気にその帰りを信じていた。 僕はといえば、流石にずっと下界にいるわけにもゆかず、天界との行き来を繰り返しては、苛苛した日を繰り返していた。 「元帥、少しお休み下さい。」 そんなに、見ていられないほど僕は焦燥に駆られていただろうか。 洋潤がそう僕を諌めて、また下界に戻ろうとしていた僕を部屋に押し返した。 僕は大丈夫です、と口から出かけて留めた。 休みを取れと声をかけられる程度には、僕は疲れてみえるのだろう。こんな姿を、部下の前に晒すわけにはいかない。 わずかに残った理性で、無闇に急く自分を抑え、僕は部屋の扉に背を預けたまま座り込んだ。 目前に乱雑に散らかった紙切れや蒐集物、積もった埃が広がった。 捲簾が失踪して以来、稀に部下が掃除してくれるが部屋は荒れ放題だ。 ふと僕は、捲簾が来る前のことを思い出していた。 そうだ。貴方に会うまで、僕はずっと眠っていた。 部屋に独り。 長い長い夜の中。 朝というものを知らなくて。 知らないから怖くもなかった。 知らないからつらくもなかった。 それは、忘れていた感覚。 えぇえぇ、貴方ってば眠っていた僕の部屋に土足で入ってきてくれましたね。 僕は眠り姫で十分だったのに。 最初から眠っていたのなら、もう眠り続けることに苦痛はない。 たとえ明けない夜でも孤独でも、あれはあれで安らかだったんです。 それをいきなり壊してくれたかと思えば、カーテンを開け窓を開け、コーヒーまで淹れて勝手に朝食を作り始める始末。 誰が起こしてくれと言いました? 誰がそんなことをしろと言いました? 文句はたくさん言いましたけど、それでも、目の眩むような朝日の中で、貴方が笑ったから。 手渡されたコーヒーと触れた指先の温度を、嫌いじゃないと思ったんです。 僕は、貴方という人を、信じてしまった。 貴方がいつも僕の部屋に来るから。 呼べば来るし呼ばなくても来るから。 ああそうですよ、こんなのただのいいわけ。 僕の思い込みだっただけ。 僕の部屋の鍵は、もう開けっ放しにしてしまったから。 貴方の部屋にも、僕は入れてもらえると思ってただけ。 僕の信頼を無理やり勝ち取っていったくせに。 貴方が僕を信じないなんて。 僕に何一つ告げずに、突然いなくなるなんて。 つらいのは、捲簾がいなくなったことじゃなかった。 何も教えてもらえなかった、捲簾が僕を信用していなかったという、事実こそ。 「天蓬」 背の扉越しに探していた声がした。 僕を起こそうとする声。 「天蓬、いんだろ?開けろ」 放っといて下さい。僕はもう起きる気はありません。 「悪かった、天蓬」 知らない。 もう、知らない。 「ほら。許可が下りねぇって言ってた、お前が欲しがってたデータ。時間かかっちまったけど、とってきたから」 何だか声が遠くなっていく。 すみませんね、もう、何を言ってるのかよく聞こえない。 「天・・・・・・ あぁまた夜がやってくる。朝を知った分だけ、今度の闇はつらいだろう。 貴方は僕の朝でした。 →Next